コージーが海で倒れたと聞いたのは昨年の10月。確か2017年最後の台風。

僕はその前日、妻の実家にいて海に入れず、コージーと次の日の波の状況についてメッセージでやりとりしました。「サーフィン楽しんでー」と。

翌日、コージーが海で倒れたこと。ホームポイントのローカル総出でレスキューしたこと。ドムに乗っていたこと。病院に搬送されたけど意識が戻らないこと…。などを一気に仲間から連絡をもらいました。現実味がなくぼんやりととらえてました。

しばらくしてコージーが脳出血だったこと、意識は戻ったことを聞き、命がつながったことにほっとしたものの、右半身が思うように動かないとのことで、もうサーフィンは一緒にできないかな、とぼんやりと寂しく思いました(こんなときもサーフィンのことを考えてしまう身勝手さ)。

お見舞いに行く機会がなかなか見いだせなかったのだけど、入院中のコージーの様子は仲間から伝わってきて、日々元気になっていること、「サーフィン、サーフィン」言っているらしく。サーフィンへの情熱がまったくもって途絶えていないと聞いて、うれしくて、また一緒にサーフィンできるかも、と思いました。

初めてリハビリセンターにお見舞いに行った日。コージーの衰えることない波乗りへの思いに打たれました。お見舞い1時間のうちほとんどが波乗りの話。いつ、どんな感じで復帰するか、そのときどんなボードに乗るか、そんな話をしていたと思う。

その日、コージーと約束して帰ったのは・・・
「また一緒にボードを作ろう」
「作ったボードでホームポイントでサーフィンしよう」
って2つでした。

すごく救われた面会でした。たぶん、コージーが波乗りへの思いを無くしていたら、いたたまれずにその場に僕はいられなかったと思う。話すこともなく、そそくさと逃げ出したと思う。でもコージーはあまりにまっすぐに、あまりに実直に、変わることなく波乗りのことを思い続けていて、だから僕は無責任にサーフィンの話をペラペラできた。

そこには事故の前と変わらずくだらない波乗り談義をできるコージーがいて、それだけでうれしかった。

お見舞いに行くたびに身体の動く領域が増え、頭がはっきりしてきて、絶対これは一緒に波乗りできる、この夏に一緒に海に入れる、そう確信して、僕の中の妄想(どんな板を一緒に作ろう、どんなステップで波乗りしよう…)は勝手に膨らんでいくばかり。

本人不在で妄想が無責任に勝手に膨らんでも、気にしないでいてくれるのが友のありがたさ。

そんなこんなでこの春に退院してきてから作り始めているのがこっちの記事のボード。まだまだ完成には程遠いけど、着実に前に進んでいます。

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コージーとのサーフの記録